こんにちは。ファッションデザイナーをしている村松啓市と申します。
私は【muuc:ムーク】と【AND WOOL:アンドウール】という2つのブランドの運営をしながら、就労支援や雇用創出などのさまざまな活動に取り組んでいます。
これらの活動に取り組むのは、社会貢献という意味合い以上に、自分たちがアパレルブランドとして長く愛されるものづくりをするために不可欠なことだと考えているからです。ものづくりをするには、それを取り巻く「環境」や「仕組み」からデザインする必要があると、私は考えています。
「一部の人たちだけが心地よい社会」ではなく「どんな人も豊かに幸せに楽しく暮らせる社会」を「ものづくり」を通して実現したい……そのような想いを周囲の方たちと共有する中で、とあるプロジェクトが1年ほど前に立ち上がり、この度そこから生まれたすてきな製品が商品化になりました。
「ユニバーサルデザインのニットベスト」です。
今回はこのニットベストの開発の舞台裏をご紹介したいと思います。ぜひ最後までご覧いただければと思います。
●ユニバーサルデザインのニットを作る
私たちのブランドがいつもお世話になっている就労支援事業所の【ライク】さんは、手編み機を使ったニット製品の製作を請け負っている、とてもめずらしい事業所さんです。事業所の代表を努める増田升美さんには、AND MAGAZINE .JPにも何度かご登場いただいております。
・就労支援B型事業所「ライク」代表・増田升美さんにインタビュー–【AND WOOL】の雇用創出プロジェクト–
https://andmagazine.jp/2020/08/24/20200824/
・上質な製品と雇用創出の活動を裏方として支えてくれるニット職人さんたち–【AND WOOL】の雇用創出プロジェクト–
https://andmagazine.jp/2021/06/19/20210619/
増田さんから「まっすぐに編むストール以外の製品もライクでは製作が可能なので、新しくウェアなどを作る仕事もやってみたいと思っている」というお話を、1年ほど前からいただいていました。ライクの利用者さんの中には高い技術力をもっている方もいらっしゃるので、どんなニットウェアならばライクさんに製作依頼が可能かを話し合うところから、今回の挑戦はスタートしました。
【ANDWOOLスタッフ:西田】
話し合いを繰り返す中で増田さんから、ライクさんには車椅子利用の方はほとんどいませんが、障がいによっては手足が短いという方がいて、「服選びが大変」というお話もありました。「着られる服・着たい服」がなかなかないそうで、何か新しい提案ができるようなニットウェアを作れたらいいね、という話になりました。
「多様性」という言葉が当たり前に使われるようになりましたが、「ユニバーサルデザイン=年齢や性別、身体状況などの個性の違いによらず誰もが快適に感じるデザイン」の実現は、ブランドの立ち上げ当初から取り組みたいと考えていたテーマです。「みんなが幸せになるデザイン・ニット製品」を作ることに、ライクさんと一緒に挑戦したいと思いました。
●車椅子利用者の方が着やすいニットができるまで
障がいのある人もない人も、着やすくておしゃれを楽しめる「ユニバーサルデザインのニットウェア」の制作が始まりました。素材、デザイン、製作方法など、ライクさんと相談しながら1つ1つ決めていきました。
【ANDWOOLスタッフ:西田】
以前、ライクさんとは靴下の商品開発も一緒にやっていますが、今回やりながら特に難しいと感じたのは「障がい」とひとことで言っても、1人1人の身体的な特徴や障がいの程度は異なるので、細かい部分の調整が難しいということでした。そこで車椅子を使用される方が着やすいように機能面を考えて作りましたが、障がいの有無に関係なく皆さんに楽しんでいただけるニットが完成したと思います。
車椅子の方が着やすいニットには具体的にどのような機能性が必要なのか、いくつかのポイントを洗い出しました。
・着脱しやすいよう「襟ぐり」「袖ぐり」を少し広めにする
・座ったときに後ろにごろつきがないように「後ろ着丈」を短めにする
・自宅でお洗濯がしやすく肌触りのいいオーガニックコットン素材にする
車椅子に座っている状態で着心地に違和感がなく、他の人が着せたり脱がせたりしやすいデザインになっていること。さらに、障がいをもっている方の中には直接肌に触れるものに対して過敏な方もいるので、肌にやさしい天然素材でいつでも清潔を保てること。そのような条件をすべてクリアできる素材とデザインを、試行錯誤を繰り返しながら決めていきました。
最終的に使うことに決めた糸は、【AND WOOL】でも販売している「オーガニックコットン素材」のものにしました。とても軽くてやわらかい風合いで、洗うこともできる糸です。デザインについては、シンプルな形のベストにしましたが、前後差を大きくつけることでニットワンピースを着ているようにも見えるデザインにしました。
もちろん、ライクさんで製品の製作を行なってもらうので、ライクの利用者さんの技術でも編みやすく効率のいい作り方ができることも、重要なポイントとして考えてデザインしました。サンプルを作成し、何度も編み図や作り方の相談をしました。
●製品の完成度を上げるために
1年ほどかけてようやく販売できる準備が整い、「ユニバーサルデザインのニットベスト」は今月から販売が始まりました。実は今回、私たちもわからないことが多かったニットに必要な機能について、一般販売を開始する前に、商品として不備がないかをチェックするために、実際の車椅子利用者の方にご協力いただいて試着をお願いすることができました。
まず、今回の試着には「社会福祉法人天心会 竜爪園障がい者生活介護ソレーナ」さんがご協力を申し出てくださって、ソレーナの利用者3名の方から感想を伺うことができました。【AND WOOL】のスタッフとライクの増田さんでお訪ねして、お話しさせていただきました。
【兼高和花さん】
【望月有紀さん】
【堀井喬太さん】
一番の感想として、素材の肌触りが「やわらかくて気持ちいい」とおっしゃっていただくことができました。着やすさについては、襟ぐり・袖ぐりを広くとったデザインでニットの伸縮性もあるため、手の上げ下げなどが苦手な人でも脱ぎ着がしやすいという感想をいただきました。
前からは「ニットワンピース」を着ているように見えるデザインになっていますが、これもとても喜んでくださいました。「服を選ぶときは着やすさが一番大事で、お手洗いのときなどの脱ぎやすさも重要なので、ワンピースを着ることがなかったのでうれしい」という言葉もいただきました。
【ANDWOOLスタッフ:西田】
この日は兼高さんのお母様もいらっしゃって「みんなにかわいいって言ってもらって喜んでます」と、ニコニコその様子を見ていらっしゃったのがとても印象的でした。私たちも本当にうれしい気持ちになりました。
また「ひざ掛けがいらないのがいい」という感想もいただき、私たちも「なるほど」と思いました。「こういうのがほしかった!」と言ってくださる方に届けばいいなと思いました。そして、たくさんの方が私たちの活動を知ってくださるきっかけになればうれしいと思っています。
そしてもうお1人、ご縁があって福岡県から協力を申し出てくださった方がいらっしゃいます。福岡出張の際に私が直接お訪ねして、試着してもらって感想を伺いました。
【黒田照美さん】
黒田さんは生まれつき脳性麻痺で、車椅子生活をされています。お洋服選びに関しては「後ろの裾が長いと着づらい」ということをおっしゃっていました。生地が背中にたまってゴワゴワしてしまうからです。このニットなら、背中に生地がたまらないので着心地もいいし、膝まで隠れるのがすてきだとも言ってくださいました。
そして「肌さわりがよくておしゃれだからとてもいい」「よく伸びるから着やすい」ととてもすてきな笑顔で喜んでくださいました。
●たくさんの方に試してほしい「ユニバーサルデザイン」
商品化まで辿り着くことができたこの「ユニバーサルデザインのニット」ですが、実際にたくさんの方に着ていただいて、体験してもらうことが一番大切なことだと思っています。今後は、【AND WOOL】の店頭で実際にサンプルを着ていただいて、お身体の状態や車椅子の形などに合せて丈などを調整する対応もとっていきたいと考えています。ご希望がございましたら、ぜひお気軽にお問合せください。
そして、こちらのニットは「ユニバーサルデザイン」ですから、もちろん障がいの有無に関係なくファッションとして楽しんでもらいたいと思っています。前後を逆にして、長いほうを後ろ見頃にしていただくと「大きく前後差がある個性的なニットワンピース」としてご着用いただけます。
これからも「みんなが楽しめるニット」を「みんなの手を借りて」作っていきたいと思います。最後に、今回のニット制作にかかわってくださった皆様にお礼を申し上げたいと思います。本当にどうもありがとうございました。
こちらの記事でご紹介した「ユニバーサルデザインのニットベスト」は、【AND WOOL】公式オンラインショップでご購入いただけます。ご興味のある方はぜひご覧ください。