今回は「木蓮(モクレン)」の花を刺繍したシリーズをご紹介します。
【木蓮からのインスピレーションのはなし】
私は現在、静岡県の山間にアトリエを構えています。近くには立派な「木蓮」の樹があり、毎年、美しい花を咲かせています。静かに息を潜ませるように花を咲かせながらも、華々しい迫力のある木蓮に、私はいつも見惚れていました。これをテキスタイルで表現するならば……と度々考えることがありましたが、どうも自分らしさが出ないような気がしてしまい、数年の間、自分のコレクションで表現することには気が引けていました。
しかしある日、いつもと同じように木蓮を見かけたときに、ふと「刺繍にしてみたい」という思いが浮かびました。それが、2022年の春夏コレクションに木蓮を登場させたきっかけです。普段なにげなく目にしているものが、自分の心境や環境の変化で違ったように見えることが、あるのかもしれません。
【手刺繍の図案のはなし】
【muuc】の刺繍生地の制作では、最初に手刺繍で図案を作り、その微妙な針の動きを機械で再現するという、手間のかかる独自の技法をとっています。こうすることで、他にはないテキスタイルを表現することができるからです。しかし、この作業には、高い技術と面倒な作業に向き合う根気強さの両方をもっている工場の職人さんの存在が欠かせません。そのような工場さんのおかげで制作することができるテキスタイルとも言えます。
2022年春夏コレクションの木蓮の刺繍は、福井県の敦賀繊維株式会社さんで制作していただきました。昨年、ちょうど近くまで行く用事があり、いつもお世話になっている工場の方たちに、ご挨拶に立ち寄らせていただきました。エンブロイダリーレース機を上下に並べ、2階建てのように刺繍している様子は圧巻でした。
【刺繍のテキスタイルの商品化のはなし】
刺繍のテキスタイルを作る際には、使用する針の数など、生産効率を考えながらデザインしなければなりません。そうしないと、例えば非常に美しい刺繍が生まれたとしても、「高価になりすぎる」といったことが発生してしまいます。工場さんには、技術やクオリティのことだけでなく、そのような「商品化のために必要なこと」も相談に乗ってもらいながら、二人三脚でものづくりをしています。先に紹介した敦賀繊維株式会社さんとはもう長いお付き合いで、安心していろいろなことを相談しています。
ちなみに、2022年春夏コレクションの木蓮の刺繍のシリーズでは、スカートやコートの裾部分にだけ刺繍をしています。部分的に刺繍をするというのは、【muuc】のコレクションでは初の試みでした。あえて全面に刺繍を入れないことで、色のバランスや服のシルエットのバランスをとり、木蓮の華々しい印象を活かしながら【muuc】らしい刺繍表現に挑戦しました。
【muuc】を応援してくださっている方には、「特に刺繍が好き」というお客様がたくさんいらっしゃいます。そんな皆様の期待にも応えられるような新しいテキスタイル開発に、毎シーズンできる限り取り組んでいます。自分らしさを追求しながらも、お客様の期待にも応えられるものを作りたい……そんな思いで毎回刺繍のテキスタイル制作に臨んでいます。
デザインのはなし
2022.02.21.
ファッションデザイナー
村松啓市