こんにちは。ファッションデザイナーをしている村松啓市と申します。ご覧いただいて、ありがとうございます。

私は、静岡県島田市にアトリエを構えて、【muuc:ムーク】と【AND WOOL:アンドウール】という2つのブランドの運営をしています。私がブランドの運営と並行して取り組んでいる活動に、「雇用創出プロジェクト」というものがあります。さまざまな事情から外に働きに出ることが難しい人たちに在宅ワークの仕事を提供したり、就労支援事業所にお仕事を発注したりしています。

この「雇用創出プロジェクト」の一環として、私たちは一昨年、昨年とクラウドファンディングに挑戦し、現在、3回目のクラウドファンディングに挑戦しています(期間は2021年6月29日までです)。

みんなを幸せにする【魔法のストール】で在宅ワークの雇用創出をしたい!2021

 

 

昨年のクラウドファンディングの挑戦から1年、私たちは以前からお仕事をご一緒している静岡県の就労支援B型事業所【ライク】さんと、いくつもの商品開発を行ってきました。今回のクラウドファンディングでも、それらの商品をリターン品としてご用意しています。

就労支援事業所へのお仕事発注は、仕事内容が「誰が作業をしても仕上がりのクオリティに影響が出ないような単純作業(例えば、編み機のレバーを左右に動かすだけ、糸にビーズを通すだけ、など)」であることが重要です。

にもかかわらず、なぜ手間暇をかけて次々新商品の開発をする必要があるのか?その理由をぜひ皆様に知っていただきたいと思い、今回の特集記事で紹介することにしました。

ライクの代表を務める増田升美さんにもお話を伺いましたので、最後までご覧いただけるとうれしいです。

 

 

●この1年でたくさんの新商品が生まれました

まずは1年間で、ライクさんとどんな新商品を作ったのか、実際の商品についてご紹介させてください。



『手編み機で作る靴下』

以前、このマガジンでも紹介しましたが、手編み機を使って作るカシミヤ5%、ウール70%、ナイロン25%素材のやわらかくて肌触りのいい靴下を、昨年商品開発して今年から販売を始めました。

 

 

ライクさんではもともと、事業所の自主制作製品として靴下を作っていました。その作り方などを教えていただきながら、【AND WOOL】の製品として販売する靴下を、改めて開発しました。

【増田さん
今回【AND WOOL】さんと一緒に作った靴下は、もともとライクが作っていたものとは、作り方が少し違うので、利用者さんも慣れるまでは大変だったと思います。

例えば、決まった数で目を増やしていく/減らしていく、という「約束事」をマスターするまでに、少し時間がかかるんですよね。しかもライクの自主製品と【AND WOOL】さんの製品と、2パターンの作り方を覚えなければなりません。

今では、目の増やしも減らしもスムーズにできるようになっていますし、私から見ても非常に技術が向上したなと思います。

この靴下の商品開発の詳細については、こちらの記事も合わせてご覧ください。

就労支援事業所と作る「ニットの靴下」の商品開発の話–【AND WOOL】の雇用創出プロジェクト–

 

 




『カシミヤのアームウォーマー』

そしてもう1つが、カシミヤ100%の糸で作る、非常に繊細で滑らかな仕上がりのアームウォーマーです。

 

 

こちらはもともと【AND WOOL】で販売していた商品「カシミヤセーブルのアームウォーマー」を改良したものです。スタッフとの話し合いの中で、この製品は「ライクさんにお願いすることが可能なのではないか?」という意見が出たことがきっかけでした。

今回の新商品では、素材をカシミヤ100%に変更し、指の穴の位置を変えて、作り方もライクさんと相談しながら少し変えています。

 

 

【増田さん
作り方の改良点としては、糸を2本取りにしたことがあります。1本取りだと糸が切れやすいので、力の加減がうまくできない人は、度々糸を切ってしまうという状況でした。2本取りになったことで、糸が切れにくくなり、スムーズに編めるようになりました。

 

 

【ANDWOOLスタッフ 西田】
私たちのニット製品は編み上がったものに「縮絨」をかけるので、編み機ではゆるゆるの状態に編みます。細い糸を1本の状態でゆるゆるに編むというのは、トラブルが起きやすく、上手い下手も出やすいんです。2本取りにすることで、編みやすくなったと思いますし、失敗してB品が出てしまうことも減らせたと思います。

そして、作り方をライクさんに合わせて改良しただけでなく、製品としてもこちらのほうが良くなったと思います。「カシミヤ100%」の糸は今まで制作していた「カシミヤセーブル」の糸よりも細いので、1本では少し頼りない感じの薄さでした。2本取りにしたことで、分厚さがあるのに繊細さが感じられる、おしゃれな仕上がりになったと思います。

このアームウォーマーは、技術の高い一部の人だけでなく、ライクの利用者さんのほぼ全員が作ることができる仕様になっています。今年の秋から販売を開始できるように、今、商品化への最終段階の調整をしているところです。



『ケーブル編みのスヌード』

最後は、手編み機を使ってケーブル模様を編み上げるスヌードです。こちらの商品は、以前からライクさんに製造をお願いしている「ケーブル編みのアームウォーマー」と「ケーブル編みのニット帽子」の新アイテムとして作りました。

 

 

このケーブル模様を編み上げるためには高い技術が必要で、ライクさんの中でもスペシャリスト2人にしか作ることができません。

 

 

【ANDWOOLスタッフ 西田】
以前から制作していたケーブル編みのアームウォーマーとニット帽子と、ほぼ同じ作り方で作っていただいていますが、微妙な大きさの違いなど、少しアレンジが必要でした。使う編み機の種類を変える/変えないなど、何回かサンプルを作っていただいて、やっと形になって完成したものを、今、私たちが挑戦しているクラウドファンディングのリターン品として、初めて出すことになりました。

就労支援事業所さんと一緒に作ることができるやり方を考えながらも、製品のクオリティには妥協することなく「最高のものを作る」。それがニットの専門知識をもち、製品開発から製造、販売までを一貫して行なっている、私たちだからこそできることだと思っています。

 

●なぜ新商品の開発が必要なのか?

単純作業の仕事を必要としている就労支援事業所さんと一緒に、次々と商品開発をして新しい仕事を増やすことは、「現場を混乱させるだけなのでは?」「手間や労力を増やすだけなのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、そこには大きな誤解があると、増田さんが話してくれました。

【増田さん
障害の特性もそれぞれ違いますから、「障害があるから簡単なことしかできない」ということではなく、得意とするものについてはプロフェッショナルになれるレベルのものを、みんなもっていると私は思います。

単純作業を毎日やっていても飽きずに続けられる人もいますが、中には難しいことにチャレンジしていくことを楽しいと思っている人もいるんです。だから、できる人にはどんどん違う種類の仕事や難しい仕事をやってもらう。個人のやりがい的にも工賃的にも、そのほうがいいと思っています。

一方で、単純作業を長く続けることができる人もいます。それはそれですばらしい力だと思うんです。毎日同じことをやり続けることは、私なら飽きてしまってできないな。と思いますから。

つまり「みんな同じではない」ということなんですよね。それぞれの個性に合わせできること/できないことがあるのですから、それぞれに合った仕事を提供していくことが私たちの仕事ではないかと思っています。

そのためにも、新商品の開発によって提供できる仕事の幅を広げる必要性が、私たち事業所側にはあると思っています。

 

 

この1年ほどは、多くのものづくりの現場がコロナの影響を受けたと思いますが、こんな状況だからこそ、新商品開発をはじめとする積極的な取り組みが自分たちには求められていると、増田さんは言っています。

【増田さん
私たちも、前年度はコロナの影響もあって売上げが少し下がりましたが、事業所はどこも同じような状況ではないかと思います。

ただ、ライクについては下請けの仕事をほとんどやっていないので、自分たちで「売る努力」をしていけばいいところがあります。

事業所は下請け仕事をすることが一般的には多いと思いますが、今は、自律的な活動をしていかなければならないという考え方が広がってきています。下請け仕事をしつつも、多くの事業所が自主製品を作り始めていると思います。

 

 

 

●「挑戦する気持ち」と「助け合う気持ち」を大切にする

ライクさんは、ニットの製造部門の他に厨房ももっていて、カレーと冷凍餃子の製造販売を行なっています。そして、今年からは新たに「菓子工房ライク」を立ち上げて、和菓子の製造販売にも挑戦されています。

 

 

【増田さん
和菓子は、今年の2月から始めました。今は和菓子職人さんが入って手伝ってくれていて、職員が作り方を習いながらやっています。これから少しずつ、どんな作業なら利用者さんも手伝えるかを考えていくところです。

就労支援事業所さんでは、よくクッキーなどの焼き菓子の販売などを行なっているところはありますが、和菓子はなかなかめずらしいですよね。

最初に話を聞いたとき、とてもいいアイデアだなと思ったのですが、クッキーなどに比べると和菓子はとても難しいそうなんです。

【増田さん
クッキーは他の事業所でもやっているところが結構あるので、ライクでは「何か違うことがやりたいな」と思ったんです。他と同じことをやってもおもしろくないし、季節で変わる楽しみもある和菓子はいいな、というくらいの気持ちでした。でもやっぱり、和菓子は難しい(笑)

偶然、プロの和菓子職人さんとご縁があって、手伝っていただけるということになったので、始めることになりました。おかげさまで、和菓子を始めたことで、カレーや餃子を一緒にお買い求めいただけるようになって、非常にいい効果が出ているなと思っています。

ライクの食品部門にいる若い管理者が、とても頑張ってくれています。「利用者の工賃をもっと上げたい」という思いで非常に一生懸命やっていて、新しいことにもどんどん挑戦しています。

 

 

実は、私たちも今、ライクさんと一緒に新たにセーターの商品開発に挑戦中です。【AND WOOL】の「手編み機で編むカシミヤのセーター」を、ライクさんでも作っていただけるように試作を繰り返しています。

その中で、ライクの増田さんからご提案いただいたのが「車椅子の方にも着やすいセーター」です。

【増田さん
ライクでは以前から独自のニット製品を作ってきましたが、セーターやベストなどのウェアをオーダーで作っていたこともありました。【AND WOOL】さんとも、ストールや小物だけではなく、ウェアも一緒に作りたいと前々から思っていました。

そこで、ご提案していたのが、「車椅子の方や手が不自由な方のためのニットウェアをオーダーで作ること」です。

実際にそのような製品への要望が身近なところからあるということ、そして「助け合える環境」を作ることが大事だと思っているからです。

就労支援事業所の利用者さんは何かしらのハンディキャップをもっていますが、一方で、他の人にはない才能や技術をもっている人もいます。「助けてもらいながら、自分も誰かの助けになる」そうなっていけばいいと思っています。

 

 

先程の増田さんのお話にもあったように、1人1人違う個性をもっています。「車椅子の方にも着やすいセーター」と言っても、1人1人事情が違うわけですから、どこをどうすれば「みんなにとって着やすい」を実現できるのかは非常に難しいです。

しかし、ユニバーサルファッションは私たちのようなアパレルブランドにとっても大切な課題ですし、このように現場の方たちが「ほしい」「作りたい」という声を上げてくれたことはとても幸運な機会をもらえたことだと思っています。

 

 

現在は、月に一度はライクさんを訪ねて、製作の状況や不具合の確認をしたり、新しい製品の相談をしたりしています。毎回お話をする度に、ライクさんの「新しいことに挑戦する姿勢」「何事も楽しんでやる姿勢」に、頭が下がる思いがしています。

これからもライクさんと一緒に、皆様にも楽しんで喜んでいただける製品を届けていきたいと思っています。引き続き応援していただけるとうれしいです。

 

就労支援B型事業所「ライク」
静岡県静岡市清水を拠点に、2002年よりハンディがある方とともに、機械編みのニットで編み物の好きな仲間と協力し合って活動を開始。2003年5月にNPO法人の認証を受け「NPO法人ニット工房ライク」として、ニットのオーダーメイドを受注するようになる。同年11月に小さな工房をオープンし、2016年に現在の場所へ新築移転。
HP

AdminFashionBrand 『muuc / ムーク』